双子が家にやってきた   後編

 

あれから1週間が過ぎた。
ミクしかいない団欒も終わらない夕食当番も大分慣れた。
マスターとメイコもそれなりに楽しくやっているみたいだ。
それに一緒にいる頻度は減ったとはいえ、毎日1回は顔を合わせているし。
ラジオのほうもようやくいつもの調子だ。

 

「写真はブログのほうにアップしてあるので見てくださいね、以上街角レポートでしたー」

カイトは最後に見えないラジオの視聴者へと手を振る。
「はーい、お疲れ様でしたー」
今週のラジオの仕事はこれでお終い。
今日は片づけが終わるとそのまま現地解散だった。

 

(ふふっ、早く終わったからスーパーの夕方の特売に間に合っちゃった)

会計の合間に、一緒にすき焼きをしよう、とマスターにメールを打つ。
今のところ、夕食は別々のことが多いから、連絡は早めのほうがいいだろう。
送信を終えて携帯を閉じると程なく聴き慣れたメロディーが流れた。
「マスター返事、はやっ」
背面の液晶が光り、和牛ktkr。丁度よかった。とメッセージが映し出される。
そう、今夜はお望み通り霜降りのちょっといいお肉なのです。

 

「ただいまー」

いつものように玄関の扉を開くと、リズミカルに駆けてくる音が聞こえた。
「お帰りなさいっ」
聞き覚えのない声がした。
ぽかんとしていると、肩まで茶寄りの金髪を伸ばした少女が出てきた。

「あれ…家、間違えた?」

少女の背はカイトの肩下の…ミクよりほんの少し低いくらい。
頭の上に載せたリボンが目の前をひよこひょこと動き回る。
大きな緑の瞳と視線が合うと、何故かどきりとした。
「ごめんね、僕、家間違えちゃったみたいで…」
とても違和感を感じたが、見慣れた家をきょろきょろ見回しながら少し後ずさりした。

「そんな訳ないでしょ」

「あ」
続いて出てきたのはミクだった。
あの冷めた目はうちのミクだ。間違いない。
「変な事されなかった、リンちゃん?」
リンちゃん、と呼ばれた少女ははてなと首をかしげる。
ミクがカイトを見てにやりと笑う。居辛い雰囲気だ。とにかく話題を変えなくては。
「あのー…ミク、この子は?」
「マスターの赤ちゃん」
ミクはしれっとそう言った。

 

勿論人間同士のそれとは違う。
夫婦関係になった人間とロイドが子供代わりに成長型ロイドを迎える。そういった意味の、「赤ちゃん」だ。最近ではそう珍しい話でもない。
因みに、歌うことに重点を置いているボーカロイドシリーズでは、肉体的な意味の「成長」機能はおまけ程度のものが大半だ。
その代わり、ボーカロイドは感情回路の優先度が高く、購入時のカスタマイズ項目も充実している。
それによって伸びやすい能力を決めることは出来る。
しかし、最初から搭載されている情報自体は少ない。
特に恋愛や生活能力などカスタム仕切れない項目は起動してからの経験に左右されるのだ。

 

「あたしリン!!あっちはレン!!」
今の状態を得意のラジオ説明方式で整理していると、声が掛かる。
慌てて指差すほうを目で追うと、騒ぎを聞きつけたメイコとマスターが顔を出した所だった。
その後ろの昨日まではいなかった顔がレンだろう。
「カイトーお帰り。待ってたのよ」
「めーこさん、ただいま」
「おい、カイト。肉は?肉!!」
「……はじめまして」

同時にマスターのメールの丁度よかった。がお祝いの意味だということにようやく気付いた。

 

リビングのテーブルの上にはメイコが用意してくれたと思われる鍋にびっくりした。
少しふたを開けて中を覗くと、くったりとしたいい色のネギが見えた。
家からスーパーは歩いて15分くらいだ。
随分手際がよく、いいやよすぎて、まるでこの日のために用意されたからように思える。
でも金曜日はいつも早かったっけ。まだ頭の中は若干混乱気味だ。

「後は肉、入れるだけだから」
「あ、うん」
メイコがとん、と背中を押す。

去年の冬はマスターとメイコ、ミク、カイトの4人でよくカセットコンロを囲んだものだ。
こんなことを思い出しながら、カイトは手を洗って、早速買ってきた肉をくるくるとバラのように丸め、しらたきから遠いところに綺麗に並べる。
ゆっくりとそれを並べ終えると、カイトは大きく息をついた。

顔を上げると目の前のリンとレンが仲良く顔を揃えてこちらを伺っていた。
「えぇっと…」
「紹介するわ」
「あ、うん」
「私とマスターでカスタマイズしたの、リンとレン」
メイコがそっとリンの背中を叩く。リン、その次にレンはそれぞれ簡単に自己紹介した。
「それにしても随分急な話だね」
「言ったじゃない、1週間前に」
ミクがボソッと口を挟む。
確かに、確かにミクはお願いすると言っていた。
それにしても早すぎる気はする。丁度言ったその日に発注した、位の迅速さだ。
「お前忙しそうだったからさ、あえて黙っておいた」
「あえてって…」
ここはため息するしかない。
マスターとミクはにやりと笑い合い、悪戯成功の喜びを分かち合っている。
「まあ、まだ1週間だから、"赤ちゃん"はずいぶん気が早い話だけどな」
本当の子作りはこれからだ、とマスターが不意にメイコの肩を抱き寄せる。
メイコは小さく声を上げて、柄にもなく顔を赤くした。

 

「あっ、お肉煮えたっ!」

リンにはあまり興味のない話題のようだった。
鍋の中で十分甘辛い汁を吸った肉を指差して目をきらきらさせた。
「ま、細かいことはいいから食べようぜ。折角の霜降り様が食べ頃だ」
「危ないからとってあげるね、リンちゃん」
手を伸ばそうとするリンの器を受け取り、お望み通り肉を多めに入れてあげる。
「ありがと!」
小さな手で器を受け取るリンのほんわかした笑顔にカイトも自然と顔が緩む。
理由や経緯はともかく、現実は受け入れる必要があって。
でもそれも悪くはないと思わせてくれた。

「葱」

和んだのも束の間、ミクがすっと、カイトの前に溶き卵の入った器を置いた。
ミクはこういうときは本当にちゃっかりしている。
「私のもとっていいわよ」
「ついでだからよそってくれ」
マスターとメイコも次々器をカイトの前に置いていった。
「はいはい…」

結局、何も言わないレンの分までよそう羽目になった。
自分の分をよそう頃には第1回投入分の肉は切れっ端しか残っていなかった。
そんなカイトを余所に、リンとレンは肉をもりもり食べていた。
ミクは葱を食べている間は恐ろしく静かだった。

 

 

こうして、カイトに十分な肉が与えられないまま、夕食会は終わりを迎えた。

「今日はミクちゃんの部屋で一緒に寝るのー」
「ねー」
ミクとリンはもうすっかり打ち解けているようだ。
リンの後ろからひょこひょこついていくレンもかわいらしい。

「じゃ、明日からは4人でうまくやってくれよ」
「え、ふたりはマスターと一緒じゃないんですか」
赤ちゃんなんだし。
そういうと、マスターはそっとカイトに耳打ちした。
「ミクがずいぶん寂しがってるからさ、本人に言うなよ?」
「あ、それでボーカロイドなんですか」
成長型ではミクの相手にならないし、メイドロイドは年齢設定が20代半ばのものが多い。
販売されているロイドでミクの年齢設定に近い、と言えば自然にターゲットは絞れてくる。
少し不思議に思っていた赤ちゃんの選択もこれなら納得がいく。
それを考えると、赤ちゃんより新しい仲間…のほうが適切な表現だろう。

「今度一緒に歌わせてくださいね」
「あぁ」

「マスターにお兄ちゃん、何話してるの?」
忍び寄る、にっこり笑ったその緑色にマスターもカイトも背筋が凍るのを感じたと言う。

 

片付けを終え、マスターとメイコの後姿を見送る。
急に辺りがしんとしたためか、今まで聞こえなかった声達がミクの部屋から聞こえた。

「ミクー、リンちゃん、レン君。あんまり遅くまで起きてちゃだめだよー」

「はーい」

一呼吸おいて聞こえてきたのは、リンの元気いい返事だった。
リンの透明なその音色に胸がまたほんわかする。

 

(お兄ちゃんらしくしないとね)

 

明日が楽しみなんて余裕があるのは久しぶりだ。
漠然とした期待を胸に、カイトは自室へと戻っていった。

 

 

あああ…これをあげないとめくるめく恋人まで編に行けないのに超難産でしたw

 

inserted by FC2 system