いってらっしゃい、おかえりなさい
「あ、カイ兄。今日のスタジオどこ?」
にいにが腰を上げると思い出したように駆け寄っていったのは、レンだった。
「え…ふたつ電車乗り継ぐほう」
「じゃあさー、あの雑誌買ってきてよ」
どれ?ほら、あの最新号!あれ結構重いんだよね…いいじゃん、お願い!!
なんて確認し合いながらふたりは部屋から出て行った。
それから約2秒。そして気付く。
ちょっとぉ…にいにのお見送りは私の役目なのに!!
慌てて追ったけど、遅かった。
あたしが追いついた頃にはにいにの身体はもう扉の外だった。
「にいに!」
呼びかけると、にいには振り向いた。が、ほぼ同時に扉が閉まりはじめる。「いっ、いってらっしゃい!」
小さく手を振ってにっこり微笑んだその顔に、胸がとくんと鳴った。
* * *
きょうは早く帰れるよ。今、駅出たところ
聞きなれた着メロが鳴って、急いでケータイを開いた。
いつもこの時間に来るメールは遅くなる、という内容が多かったからうれしくてぎゅっと携帯を抱きしめる。
それから5分もしないうちに待ちきれなくなって、玄関に向かった。
家から駅までは10分くらいだ。信号に引っかからなければそろそろ着くはず…
そわそわしていると、程なくして扉が軽い音を立てて開いた。「あ、ただいまリ……んっ!??」
「お帰りなさい!」
勢いよく飛びつくと、にいには少しよろけて、扉に軽くぶつかった。
「あ……ごめんなさい」
「ん、大丈夫」
にいには腰をゆるゆる撫でながら体勢を立て直した。
それから、しゅんとなったあたしの頭を何度もくしゅくしゅなでる。
本当に大丈夫だから、と何度も念を押した。
「リン、今日はいってきます、できなかったから代わりにただいましようか」
髪を撫でていた指が頬を包み込む。
「ただいま?」
「うん。リン、朝すごい寂しそうな顔してたから…」
にいにはそう言って今朝と同じようににっこり笑うと、あたしの唇にゆっくりキスをした。「にいにっ」
思わず大きな声を出してしまった。
触れたのは一瞬だったけど、久しぶりのキスにもう頭の中が真っ白だ。
にいには照れくさそうにほんのり赤くなった顔をぽりぽり掻いている。
「だめだった?」
…そんな顔するなんて反則だ。
顔を隠すようににいにの胸元に顔を埋める。ふるふる首を振ると、すぐにぎゅっと抱き寄せられた。
すぐ近くで聞こえるにいにの鼓動にますます顔が熱くなるのを抑えられなかった。
…後で聞いた話だけど、本目当てで駆けつけたレンがこの光景を目撃してしまったらしい。
にいにが本を渡すとき、目を合わせてくれなかったとか……