年末のとある一夜

 

 

マスターがリンに手渡したのは鏡音リン・レンappendのカタログ。
ボーナス出たからどう?って。

 

「ねー、にい……」
「ごめん、今忙しいからちょっと後で…」

カイトはふっと目を下にそらすと慌しくリンの前から姿を消した。
そんな風になった原因は分かっている。

リンはつい1週間前、3日間の里帰り(=工場帰り)を経てappendにバージョンアップした。
カタログと同じくぴたっとした光沢のある布を使った近未来的なスーツに可愛いかぼちゃパンツ。
身体の後ろにはひらひらとリボンをなびかせる。
でも、「おかえり」の言葉以来、まだカイトとはまだちゃんと会話していない。
明らかに避けられているのが明確で声もかけ辛い。
もしかしてあの時の「おかえり」さえ自分に向けられたものじゃないように思えて、瞳がじんわりうるんだ。

あんなにいつも一緒にいたのに。
もしかしたらレンよりも。
妹のようにしかあしらわれなかったけど、カイトの膝も隣の席も、ふわりと揺れるマフラーもいつも独り占めしてきた。
一緒にお昼寝もしたし、アイスだってあーんってやりながら食べる。
誰が見たって仲良し以上だったと言い切れる。
でも、いくら願っても妹以上恋人未満で、キスもまだほっぺまで。
「にいには誰にでも優しいからな…」
恋に恋してる。それでも構わない。
それでも、それだけでも幸せだった。
誰に何と言われてもこれはリンの初恋だった。

「にいに…」

しつこく告白しても全然相手にされなかった昨日。
見ていることも叶わない今日。

歌が上手くなりたい。それはボーカロイドにとって当たり前のことでリンの所為でもなんでもない。
バージョンアップ以外に全く心当たりが見つからなくて。
夜、独りになると涙が滲む。

 

* * *

 

身体を揺さぶられるみたい。
そんな感覚に熱い瞼をそっと開く。

「……ん」
「リン、リン!どうしたの?」
妙に神妙な顔をしたカイトとその腕に包まれる自分。

「…へ」

一瞬何だか分からなくて、とりあえず聞き返してみた。
分かったのは、年末年始どんちゃん騒ぎをしてコタツで寝てしまっていたこと。
涙を流してうなされていたこと。
それから、今、揺すり起こされたこと。

「嫌なことでもあった?」
「うーん…」

 

──一生懸命記憶を辿ると思い出されたひとつのエピソード。

 

「ねぇ、リン?あんたもうカイトとエッチした?」
「め、めめメイコ姉っっ…」

メイコは何時になくニコニコしながら擦り寄ってきた。
お酒が入っているのをいいことに、マスターもいるのにそんなことを聞いてきた。
レンとミクがもう部屋に帰ってしまっていたことが唯一の救いだった。
年末だって言うのに、カイトの帰りは遅い。

「んーその様子じゃまだみたいねーふふふ」

リンがわたわたしているとメイコはちょっと自慢げにリンを胸元に抱き寄せる。

「カイトはそんなことないと思うけど、男はやっぱおっぱい好きだから」

「ほら、なんだっけ、アペンド!アレ位あれば……」
今まで感じたこともないふわふわな感触に身を委ねていると、見かねたマスターが大層大きなため息と共に立ち上がってメイコの手を引いた。
「こら、メイコ。リンに変なこと吹き込んでるんじゃねー」
「やん、マスターぁんっ」

「やん、じゃねぇ。リン。こんな酔っ払いの言うこと気にすんなよ…こいつ寝かしてくるから」

 

「……」

 

あまり鮮明には覚えてないけど、柔らかい感触とマスターに首根っこ掴まれて連れて行かれるメイコの胸が妙にたゆんたゆんして見えたのは確か。

 

 

「……そっか」

それであんな夢を。
気にしていないわけじゃないけど、改めて言われると気にならなくもない。
別にふたりでいられるなら、どんな関係だってかまわない。
夢の自分だってそう思っていた。でも、思っていた以上に心には刺さっていたみたい。
ひとりで納得するリンを他所にカイトの頭にははてなが飛び交う。

 

「ねぇ、にいにはリンのこと好き?」
「す、好きって、勿論好きだけど……」

急な問いかけにカイトの顔はほんのり赤く染まる。
そんな随分年上なのに可愛い彼にわざわざ「おっぱい小さくても?」なんて聞かなくても十分すぎるほど伝わってきた。

「あたしも、だーいすき」

ぎゅっと大きな背中に腕を回すと大好きな熱とにおいがいっぱいに広がった。

 

 

リンたん、メイコのことなんて呼んでたっけなぁ…(ぇ
アペンド乳妄想のはずが!そこまでいってないぞ!!あと、オチはいつも一緒。なっ!

 

下は* * * の後を夢オチにする前の何か。
話が突飛過ぎたのと、続きを書くのがめんどくさくなったのでお蔵入り。

最初は「カイにぃ」呼びだったし、俺一人称だったし。もうむりんこ。

↓↓

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ」

台所でコップいっぱいの水を片手にリンはいっぱいのため息をついた。
涙で水が少ししょっぱい。
ふと、何かの気配に振り向く。

「リン、泣いてるの…?」
「カイ……にぃ…」

「誰の所為だと思ってるの?ばかぁ…」

自分の容姿の所為だと思ったけれどそうではなかったらしい。
正直、カタログのような女性らしい体系になれば…なんて下心がなかったと言われれば否定できない。

「ごめ、そうじゃない……」

リンの身体を、抱き寄せる。
「リンが、リンがすごく綺麗になったから、俺、…ごめん」
「……え?」

この胸は新しいエンジンの核部品が詰まっている。
因みにレンの胸を膨らめるわけにはいかないのでレンは少し背が高くなった。
だから必然な変化なのだ。
R指定的なオプションなんかでは決してない。

「俺、ずっとリンのこと好きだったけど、言葉にしたら何だかこの関係が壊れちゃう気がして」

「リンの好きって言葉もはぐらかす事しか出来なくて、でも」

「リンがすごく綺麗になって帰ってきたから、もう、気持ちが抑え切れなくて、話したら、折角今まで我慢してきたのに」

「カイトにぃ…」


「…ほんと、きらいじゃない?」
「うん、ずっと好きだったよ」
カイトはこくりと頷く。

 

「じゃあ、今日こそ唇にちゅうしてくれる…?」
「え…それは……」
「じゃあ、恋人にはなれる?」
「それなら…」

後から考えると恥ずかしくなるような台詞を言い合いながら、久しぶりにぎゅっと抱きしめあった。

 

「今日は遅いからもう寝よ?」
「…ねぇ、あたしたち今日から恋人どうし?」
「何か改めて言われると恥ずかしいね…」
「うん」
「部屋まで、手繋ごうか」
黙ったままのリンの手を取ると心臓が大きくひとつ脈打った。
ふと合った視線をそらす。

「じゃ、リンまた明日ね」
「おやすみ、カイトにぃ」
何だか照れくさくてカイトが言いたかったことも今ならわかる気がした。
「あ、リンちょっと待って……」
そう言ってリンの背を抱き寄せる。それから
「……にぃっ…」
「しーーっ、みんな起きちゃうよ、またね、リン」
カイトは早口でそう言って、正面の自室に振り返りもせずに戻っていった。

「………」
唇に残るやわらかい感触。
前にあれだけせがんでも絶対にしてくれなかったのに。
カイトが触れた所を指でなぞると今更ドキドキが込み上げてきた。
おまけに恋人どうしになっちゃったなんて。出来すぎてる。
何となく引っかかってたけど、バージョンアップしてよかったとやっと素直に思えた気がした。

「…はぁ」

またため息が漏れる。
今になって深刻なカイト不足が湧き上がってきて身体が疼く。
「明日もキスしてくれるかな…」

いつも冷え切っている指先まで温かくて。
今日はそのことばかり思い出してしまってきっと眠れないだろう。

 

 

アペンド妄想1。
身体が大人になったら兄さんとらぶらぶになれると思ってたのに誤算なリンたん。
いや、でもはっぴーえんどで。ちょっとぶっ飛んでるけど。アペンドシリーズになるかわからんけどは兄さんの1人称俺にしてみた。

 

 

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